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インド音楽の歴史 その3

ヒンドゥー時代(300-1300)

グプタ朝の時代は「サンスクリット黄金時代」と呼ばれ、天文学・数学・科学・彫刻術・文学などが開花しました。

この時代に残された多くの彫刻から、多くの打楽器・吹奏楽器・弦楽器があったことがわかっています。

音楽に関連した書物も多く著され、「ラーガ」という言葉も使われるようになりました。

10世紀に書かれた「サンギート・マカランダ」という書物の中では、いくつかのラーガに対して「時間帯」「性別」等の特性が与えられました。

ヒンドゥー時代の終わり頃に著された「サンギータラトナーカラ(「音楽の大海」)」では、インド音楽のラーガ・ターラ・ターン等について述べられています。

中世(1300−1700)

この時代、スルタン・アラウディン・キルジの宮廷に二人の重要な音楽家がいました。

一人はアミール・クシュロウでもう一人はゴパール・ナヤクです。

ゴパール・ナヤクはもとからあった厳格な古典音楽を重んじ、アミール・クシュロウはペルシア音楽の影響をもたらしました。この二人がそれぞれ南インド音楽と北インド音楽の源流となりました。

1500年ごろマン・シンハ・トマルがドゥルパッドと呼ばれる演奏形式を作り出しました。

アクバル大王の時代には、ヒンドゥー文化とイスラム文化が融合し、ミヤン・タンセンと呼ばれる音楽家がドゥルパッドの演奏形式を高めました。

彼は、ダルバリカナダ(Darbari Kanada)、ミヤンキト−ディ(Miyan ki Todi)、ミヤンキマルハール(Miyan ki Malhar)、ミヤンキサーラング(Mian ki Sarang)等の有名なラーガを作り出しました。これらのラーガは現代においても重要な位置を占めています。

理論の面では、たくさんあるラーガを家計図のように整理することが行われました。
この考え方では、ラーガを父・妻・息子・孫というように家族のように分類・整理します。
各ラーガはそののキャラクターを表す詩や細密画がつけられ、これらを集めたものはラーガマーラと呼ばれています。

16、7世紀には、ラーガを音階構造によって分類することも行われました。

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参考文献: The Classical Music of North India
Author: George Ruckert


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シタール・スルバハール奏者 佐野敏幸 (インド音楽)
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